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医者はどこだ このページをアンテナに追加

2014-11-08

[]「和也」 17:12 はてなブックマーク - 「和也」 - 医者はどこだ

おしゃレディオジェイウェイブでサカナクションの「エンドレス」がかかって、この曲が身悶えするほど好きなわたしはその歌詞をなぞりながら、このPV、にのみや主演でやったら死ぬほどハマるだろうな……とナチュラルに考えていました。

想像したらせつなさに胸が引きちぎれそうになって、そしたら大宮のことを思い出して、先日ジャニショで久しぶりに買った大宮写真を袋から出して眺めていたら、こうしてつれづれなるままにキーボードをポチポチ打っていました。

ほんとうにお久しぶりです。

嵐はもう美しい思い出ですが、わたしはまだ、オタクを続けています。何度も足を洗いかけたけれど、この泥沼は執念深いようです。手を変え品を変え、「ねえ、新しいおもちゃ用意するからもうちょっと遊んでいこうよ」って誘ってきます。わたしはバカの子のように「えーそう?そこまで言うなら」と財布を開きます。吸い込まれたお金は泥にまぎれてもう見えません。えびちゃんのオタクを続けるということは、決して泥に目を凝らしてはいけないということです。じたんの初主演舞台のことはもう、あまり思い出したくありません。その舞台と同じ演出家と、観ていないわたしですら不安に苛まれた舞台銀英伝の脚本家がタッグを組んだじたんとはしもつ主演の舞台、そして破綻したストーリー、突然のいがみ合い、棒読みの花が咲き乱れる新春恒例の学芸会がまたやってきますけど、多くは語りません。でも、お金は払います。そうやって毎日が過ぎていくのです。チケットの半券を捨てるようになってからいい意味で執着しなくなりました。過ぎたことは過ぎたことです。みんなこうして経験を積んでいくんです。オタクも、タレントも。

さっき「もう美しい思い出」って書きましたけど、半分ウソです。バラエティやドラマはほとんど観ないけど、まだ未練を捨てきれずに嵐さんのコンサートDVDやアルバムを買ったり、Mステを録画したりしています。買っただけで観ていないのもありますけど。ハワイでメモリアルライブをやりますと聞いてちょっとだけ胸がうずいたけど、すぐに飲み込めるようになりました。Mステのハワイ中継を観ていたら、もうもうと噴き出すCO2に姿がかすみ、床に大量の銀テが渦巻きそれにあいばが足を取られてなんかかわいそうな感じになってるという、わたしが知ってる頃の嵐クオリティのまんまでほんとうに愛しかった。なんだ、この人たち相変わらずじゃない。ちょっと安心したよ。

えびの新しい写真が出ますというアナウンスをどこかで見かけてジャニショに行ったら翌日からの発売だったらしく、スッカスカの壁に落胆しながらも「何か…何か買いたい…」とふらふらしていたら、嵐さんの壁の前にやってきました。

あ、大宮。

当時から大宮写真は不遇だったのであるかどうかたいへん不安でしたが、見つけた3枚ともが趣深く、懐かしさがこみ上げて、知らず知らずのうちに記入用紙に「嵐」と書いていました。何年ぶりのことでしょう。

特に追うつもりはなかったけれど、ハワイコンサートの裏側番組をいくつか観ました。観てしまいました。今では観なければよかったと思っています。こんな気持ちになるはずじゃなかった。

今現在、嵐を全力で追いかけている人たちがとてもうらやましくなるような内容だったからです。

他のコンビに追い上げられ勝手に絶滅していたと思っていた大宮がそこには依然として存在し、それどころか、3104がにのみやのことを、酔っ払って少しあまくなったろれつで、

「和也」

と、

呼び、

「ずっと一緒だよね」って

にのみやの

ほうを

見て

言ったの

です。

こうやって文字を打っているだけで、涙があふれて止まりません。これは比喩ではなく、わたし、ほんとうに泣いているのです。

あのとき聞きたくてしかたなかった言葉が、今、こんなタイミングで、わたしの耳に届くなんて。

わたしはもう、ずいぶん遠ざかってしまったのに。

とても、つらいです。

この気持ちになんと名前をつけていいのか、さっぱりわかりません。

ただ、ほんとうに涙が止まらない。今まで死ぬほどここで「涙が止まらない」って書いてきたけど、ほんとうに涙が止まらないことなんてなかった。でも今はリアルにそうだよ! どうしちゃったんだわたし!

問題の「和也」のくだりで酔っ払い3104のトイメンに座って、またしてもずっと敬語で応対するにのみや。抵抗する3104を無理やりプールに連れて行き、結局は心中のように一緒に飛び込んじゃう大宮ちゃん。ちゃん付けすることでしかこの心の葛藤をマイルドにする術をわたしは知りません。スタジオが笑いに包まれる中、「リーダーだけ入ってなかったんだよね」というにのみやの高い声が聞こえ、ワイプではSHOWさんのうなずき顔が映ります。ニヤニヤしていたわたしのきもい表情が、このにのみやの発言を聞いた瞬間すっと真顔に戻りました。「言い訳を してもしなくても あふれるせつなさ」気づけば泉が湧き出るように自由律俳句が誕生していました。文学とは名づけがたい感情に無理やり言葉を当てはめる行為そのもののことを指すのです。ああ、大宮から学ぶことがまだこんなにたくさんあったなんて。

NHKの嵐密着で「今あることを頑張ればゆくゆくそうなるんじゃないかってこの人に言われたの。だから俺の仕事の根底はそこになっちゃったのよ。今あるものをちゃんとやろうって思うようになったのは、リーダーの言葉だったんだよな」と遠い目で語るにのみやに、わたしの心臓は止まりそうになりました。「根底」ってゆった。「根底にリーダーの言葉が」って!それ刷り込みじゃん! おまえはひよこか!!!

お察しの通り、わたしは無理して茶化しています。

だってこんな言葉聞いたら、3104が辞めたいと思ってたことについて「雑誌でできる話じゃないしね」ってみんな笑ってるのに、ひとりだけ怒ってるみたいなにのみやの顔見たら、もう「大宮」なんて軽々しく口にできない。重い。重すぎる。この人はこの重すぎる想いを15年間スキンシップという行為でひたすら紛らわせ続けていたのではないか。わたしが今まで信仰していたものはなんだったのか。大宮という言葉を借りた概念だったのか。むしろ大は宮の信仰の対象である、そう言っても過言ではないのではないか。ということは大野智唯一神!!!! もう、何を言っているのか自分でもわかりません。ただ、わたしはまだ信仰を捨てていなかったんだと、むしろ捨てられずにいるんだと、番組中で流れたマイガールの歌詞に思い知らされました。「ありがとうの想いを伝えたいよ そっと君のもとへ 遠く離れてしまっても 思い出に満ちた未来へ」……感謝は伝えたいけどまだ思い出にしたくない!!!

ひとりで砂漠をトボトボと歩いていたら遠くから楽しそうな音楽が聴こえてきて、ああ、あそこに行けばわたしも楽しい気分になれるんだなと思って近づこうとするんだけど、砂に足を取られてうまく進めなくて、後ろから来た知り合いが「先行って待ってるね!」って笑顔でわたしを追い越していくんだけど、わたしはちっとも近づけなくて、気がついたら蜃気楼のようにその楽園がかき消えてしまう、

それが今のわたしの心象風景です。

わたしがいちばん嵐を好きだった頃の映像が何度も映りました。そのたびに胸の奥に突き上げるような感情がわたしを襲いました。ライトが外れた瞬間にだけ腰痛に顔をしかめ、「お金もらってるんだから腰が痛いからって休むわけにいかないじゃないですか」と語るにのみやの姿に、もうこの人のことをじたんと呼べない苦しみを感じました。戻りたいけれど、もう戻れないことをわたしは痛いほど知っています。

耳を塞いでる僕がいる それなのになぜか声がする

見えない夜に色をつける デジャヴしてるな

耳を塞いでる僕は歩く それなのになぜか声がする

見えない夜に色をつける声は誰だ

ああ、わたし、ちょうどこんな気持ちだ。

そしてにのみやの3104に対する感情にも似ていると勝手に解釈して、これから「グッドバイ」を聴くたびわたしは大宮のことを思い出すんだろう、そしてひそかに苦しむんだろう、ごめんね一郎、そんなつもりで作詞したんじゃないよねって、よくわからない謝罪の気持ちに苛まれるのでありました。

デジタリアンの初回特典メイキングに大宮があるらしいという話は風の噂でちらりと聞きました。今ツイッター検索してその噂が正しいことも確認したよ! そんなもの、必死に追ってる人以外の目に触れられるわけないじゃないか! 観たい! 観たいよ!!(シンプルに泣いてる

romimemoromimemo2014/11/11 00:29おかえりなさい医者どこ…!わたしも改めて、大宮という宇宙からちっとも抜け出せていなかったことに気づかされる15周年特番でありました(涙目)切ないけれど、エントリにしてくれてありがとう!また大宮の話しようね。ね。